聞いたこと

ひとの話を聞く、ということは、
なんて難しいんでしょうか。

子どもは、
「わたしの、ぼくの、はなしを聞いてよ!」
というエネルギーでいっぱいです。

「よければ、あなたの話を聞きましょう」
という子どもには、
なかなか会えません。

「聞く技術」なんて読み物が、世の中に
あふれていることを見ても
「聞く」ということは
もともと人間に備わっている能力じゃないのかもしれません。

人間関係のすれ違いや、いざこざの大半は
「聞いてない」
ということが大元にあるようです。

「そんなの聞いてないぞ!」と怒る人、
あえて「聞いてないことですね、そちらの間違いでは?」
とマウンティングの材料にする人。

聞いたことの履歴を残そうとしたら、
録画や録音で記録できるけど、
「そんなの聞いてないぞ!」
の中には、
「そんなの、俺は承諾してないぞ!」
とか
「そんなの、いまとなっては無効だぞ!」
が入ってたりするので、
なかなか難儀です。

親子や夫婦関係とおなじく、
仕事の関係も「聞いてない!」は出てきます。

毎週のように会議をもって、
仕事の中身を説明し、
了承をもらって進めたはずなのに…

仕事の結果が見えてくると
「こんなの頼んでない」
とか
「こんな仕様になるなんて聞いてない」
とか。

どれだけ言葉を尽くしても、
頭の中を100%同一にするって
できないものなんですね。